こんにちは。
今日も元気なヨキパパです!

乳児から幼児まで、みんな大好きアンパンマン。
子育てに奮闘するママパパにとって、神様のような存在でしょう。

今回は、作品の2大キャラクターとして知られるアンパンマンと、ばいきんまんに焦点を当てます。
両者について、僕なりの考察をしたいと思います。
ちょっと大人向けですが、「深イイ話」になればと思います…!
アンパンマンと、ばいきんまんとは?
ご存じかとは思いますが、まずは簡単に両キャラクターについて振り返ります。
「アンパンマン」と「ばいきんまん」は、「それゆけ!アンパンマン」シリーズ(原作:やなせたかし氏)に登場するキャラクターです。

「正義のヒーロー」を体現するのがアンパンマン。
アンパンマンに対峙する、ダークヒーロー的な立ち位置のばいきんまん。
原作者のやなせ氏は、ばいきんまんのことを「(アンパンマンは別格として)とびぬけて成功したキャラクター」だと語っていたそうです。
やなせ氏にとっても、おそらく両者は思い入れの深いキャラクターなのでしょう!
作中に、色々とある「ツッコミどころ」!

さて、親として改めて作品を見ると、結構ツッコミどころが多いことに気付きます。
◆「アンパンマン」シリーズのツッコミどころ!◆
・「愛と勇気だけが友達」って、酷くね?
・「それ、ばいきんまん!!」と、子どもも叫ぶ分かりやすさ
・「アンパ~ンチ!」からの「バイバイキ~ン!」の様式美
…とりあえず列挙してみましたが、これらは単に「子ども向けだから」ではなく、やなせ氏による鋭くて深い人間洞察に基づいた部分である、と考えています。
以下で、順に見ていきましょう…!
「愛と勇気だけが友達」って、酷くね?
第一に挙げられるのが、テーマ曲で毎回目にする「愛と勇気だけが友達さ」のフレーズ。
アンパンマンの「ヒーロー性」が、よく表れた言葉ですよね。

アンパンマンには、仲間たちがたくさんいます。
…が、「悪」に立ち向かう宿命を背負うのは、基本的にアンパンマンひとりだけという設定です。
「いやいや、普通にみんなでやれよ」と思えてくるんですよね。汗汗
よく聴くと、軽快な曲調のテーマ曲も、歌詞の内容はなかなかパワハラチック(!?)です…。

その理由は、やなせ氏が明確に意図されているところ。
「ヒーロー性」とは、すなわち自己犠牲である、という思想に基づいていると思われます。
「自分の顔を差し出すと、自分も傷つく」「顔が濡れると力が出ない」といった作中での描写からも、「自己犠牲の精神」を読み取れます。
「それ、ばいきんまんだよ!!」と、子どもも叫ぶ分かりやすさ

アンパンマンと、ばいきんまん。
両者が対峙する場面で繰り返されるのが、「ばいきんまんが、アンパンマン(とその仲間)を騙す」シーンです。

ばいきんまんは、変装の名人。
自らの欲望を満たすため、変装をしてアンパンマンたちの前に立ちはだかります。
子供たちから見ても、「それ、ばいきんまん!!」と叫んでしまう分かりやすさ。
…にもかかわらずアンパンマンたちは、ばいきんまんの変装を見抜けません。
アンパンマンたちがまんまと騙され、窮地に陥るというのが「定番の流れ」となっているのです。
こうした流れからも、各キャラに込められた人物設定を読み取れます。

「他人を疑う」ということを知らないアンパンマン
アンパンマンは極めて善良であり、それゆえに「他人を疑う」ということができないのです。
「心が真っすぐなので、他人が『ウソをついている』と疑うことすらない」という感じでしょうか。

ばいきんまんの拠点には、打倒アンパンマンの貼り紙が…
一方のばいきんまんですが、彼はアンパンマンへの執念が行動力の源となっています。
拠点である「ばいきん城」には、打倒アンパンマンの張り紙も掲げられています。
結果として他人を騙すし、至る所で策略を張り巡らせるわけです。
その一方で、ばいきんまんは工作が得意。
自力で様々なマシンやデバイスを創造できる、「知恵者」としての側面も持ち合わせています。

ばいきんまんは、自作のメカやデバイスを駆使する
「まっすぐな心を持っているが、他人を疑うことができない」のがアンパンマン。
「ネガティブな感情を動機に他人を陥れるが、知恵者でもある」のがばいきんまん、だというわけです。
単純化されてはいるものの、現実社会でもありそうな、人物設定の妙が感じられます。
こういったキャラ設定の秀逸さも、アンパンマンシリーズの面白さだと感じます!
「アンパ~ンチ!」からの「バイバイキ~ン!」の様式美

作中で水戸黄門の印籠級の様式美を誇るのが、必殺技の「アンパンチ」。
それを受けたばいきんまんは、「バイバイキ~ン!」と叫びながら去っていきます。
日本人のほぼ全員が知っている、もはや定番の流れです。
こうした、ある種の様式的な展開からも、ばいきんまんに込められた人物設定の面白みを感じ取ることができます。

課題があるなら対策すべきだが…
上記の流れで、ついツッコミたくなるのは「ばいきんまんが、『アンパンチ対策』を徹底すれば良いのでは?」ということ。
ですが、ばいきんまんはそれができず、いつも同じ「負けパターン」を繰り返すのです。
同じ展開が何度も繰り返される理由ですが、これは単に「繰り返しを好む、子どもの嗜好に合わせている」というだけではないでしょう。
むしろ、ばいきんまんを「同じ失敗を繰り返す人物」だと、意図的に設定しているようにも見えてきます。

ばいきんまんを突き動かすのは、アンパンマンへの敵意です。
相手に敵意を募らせた結果、「対象の欠点や弱点」にしか目が行かない状況になっていると思われるわけです。
後ろ向きな想いに支配され、自らの問題点を直視できない状況になっているのですね。

ネガティブな想いにとらわれると…
嫌な思いをしたことや、嫌いな人のことが頭をよぎったときに、ついつい相手の問題点ばかりを考えてしまう。
「自分も、ここは良くなかったな」と反省できないといった状況は、誰しも経験のあることだと思います。
ばいきんまんのキャラクターは、そうしたネガティブな感情にとらわれた人間の姿と重なってくるわけです。
「アンパンマンが、ヒーローである」ことの意味

以上、「アンパンマン」シリーズの「ツッコミどころ」から、アンパンマン&ばいきんまんのキャラ設定の面白さについて、考察してきました。
幼児向けの作品ながら、秀逸な人物設定。
大人にとっても、色々と考えさせられる内容だと思います!
ちなみに、僕自身はばいきんまんが好きです。
それは僕自身が、(ばいきんまんのように)ネガティブな想いに引きずられた状況に、往々にして陥るからかもしれません。

語弊を恐れずに言えば、異なった方向性の「愚かさ」を持つ両者。
現実社会で「成功者」とされている人たちは、もしかすると「アンパンマンのような人」よりも「ばいきんまん的な人」の方が多いのかも?しれません。

ですが、大人が「成功」を判断する基準は、地位とか財産などに偏りがち。
判断の基準を「幸福かどうか」に立てれば、心が穏やかで仲間にも恵まれたアンパンマンの方が、幸福な人生を生きているようにも思えます。
「アンパンチによって、アンパンマンが勝つ」という描写は、単なる優劣や勝ち負けの問題ではないようにも思えてくるのです。
「後ろ向きな想いに支配されない、真っ直ぐな心を持った人になってほしい」という、やなせ氏の子どもたちへの想いが込められているのかもしれません…!
まとめ:「心の中のアンパンマン」を、育てよう!

今回は、子どもたち&ママパパにとっての「神作品」であるアンパンマンシリーズ(アンパンマンとばいきんまん)について、僕なりに考察してみました。
最後に、我が家でのエピソードをご紹介したいと思います!

↑の写真は、我が家の寝床から見上げた、天井の照明の様子です。
これを見た娘(当時1歳半)が、「白いのがアンパンマンで、黒いのがばいきんまん!!」だと言いだしたのです。

↑の写真のような感じでしょうか。
完全に親バカですが、僕はこれを聞いて「分かってるねえ…!」とつぶやいてしまいました。

作品上は2つのキャラクターだけど…
アンパンマンとばいきんまんが2つのキャラに分かれているのは、作品としての「分かりやすさ」を追求(?)した結果に過ぎません。
現実には、僕たち一人ひとりの心の中に、「アンパンマン的な要素」と「ばいきんまん的な要素」の両方が存在しているのだと思います。
言い換えれば両者は光と影であり、ある意味では一つの存在だと言うこともできるはずです。

子どもたちや僕たちの心の中にいる「アンパンマン」を、大きく育てていきたい、と感じます…!